東アジア文化圏成立の歴史的背景とは?

東アジア文化圏成立の歴史的背景とは?

東アジア文化圏成立の歴史的背景とは?

「東アジア文化圏」は、世界最古の文明の1つ中国文明の影響を受け成立し、時代が下るにつれて各地域が独自の発展を遂げていきました。

 

 

中国王朝の成立

古代中国はいわゆる群雄割拠で、数多の勢力が中国統一を目指ししのぎを削る戦乱の時代でした。前1600年頃、確認されている中では最古の王朝・殷が成立し、以後、前漢、新、後漢、魏、随、唐と、様々な王朝が成立しては滅んでいったのです。そして日本含め、周辺の東アジア諸国は、自国の支配を強固にするため、中国に朝貢を行うことで、中国の有力諸侯の支援を取り付けていたのです。

 

東アジア文化圏の成立

6世紀末に随が分裂状態の中国の統一を果たします。隋は均田制、租庸調制、府兵制、科挙などを導入。隋が滅ぶと唐がこれらの制度を受け継ぎ、律令国家を築き上げました。優れた都市計画のもと建設された首都長安は、東アジア各地域の首都建設のモデルになりました。
長安には周辺諸国から多くの留学生や使節が訪れ、アジア諸地域を結びつける国際色豊かな都市になりました。(日本も遣唐使を送り、制度を模倣しています)唐は多様な地域の要素を取り入れた国際性豊かな文化を作り上げ、ここに東アジア文化圏とも呼ばれる強いまとまりが生まれたのです。

 

中国の弱体化

唐は内乱により10世紀初めに滅亡します。中国は以後50年間にわたり10の国が起こっては滅亡する「五代十国(ごだいじっこく)時代」に突入し、政治的不安定な地域になりました。東アジア文化圏の中心だった唐の滅亡により東アジア文化圏の統合が緩み、それぞれの地域の文化的独自性が高まっていきました。日本でかな文字や大和絵といった国風文化が栄えたのもこの時期です。

 

モンゴルの台頭

盟主である中国が弱体化したことで、東アジアの主役は中国から北方のモンゴルに移行していきます。13世紀にモンゴル高原にモンゴル系国家を統一したモンゴル帝国が成立すると、唐の後成立した南宋を滅ぼし、中国全土を掌握しました。モンゴルは日本、ベトナム、ビルマなどにも進出を目論み、その多くは失敗したものの、東アジアの政治・経済・文化に大きな影響を与えました。

 

中国の復権(明の台頭)

14世紀になるとユーラシア全域を襲った天災に加え、内紛により政治的混乱が続くようになり、中国でも各地で反乱が起こり、1368年によりモンゴル勢力は中国から追放されました。そして南京を首都とする明が成立し、中国を統一しました。
明は朝貢貿易を展開し、東アジアでの貿易を活発化させました。琉球は明との朝貢貿易で得た物資で、東シナ海と南シナ海を結ぶ貿易の中継地として栄えました。東アジア諸国は明と朝貢関係を結び、商業を活発化させていきました。

 

ヨーロッパ文化の流入

16〜17世紀、大航海時代の流れの中で、ヨーロッパ文化の東アジアへの流入が進みました。特にヨーロッパからもたらされた近代的な火器は、東アジアに新興勢力の台頭をもたらしました。日本では豊臣秀吉が日本を統一し、さらに海外にまで領土を広げようと朝鮮に侵攻しましたが、明の援軍や義兵の抵抗により失敗。撤退に追い込まれました。

 

中国とヨーロッパ勢力の対立

17世紀半ばに明が滅亡し、代わりに満州に成立した清が支配を広げていきました。17世紀末にはかつて中国を支配したモンゴルに遠征し、モンゴルを支配しました。18世紀になると政治的に安定し、中国の人口は18世紀の100年間に1億数千万から3億人にまで急増しました。
同時に18世紀後半になると西洋列強が東アジアに積極的に進出するようになります。これは東アジアの覇権を握る清にとっては脅威でした。その対立を象徴するのがイギリスとの間で起こったアヘン戦争です。清は優れた兵器を持つイギリスを前に敗れ衰退の道を歩むこととなります。東アジアの盟主の敗北は、東アジア史に重大な影響をおよぼしました。

 

大日本帝国の台頭

19世紀末、日本は明治維新で富国強兵や文明開化を進め、急速に近代化を進めます。20世紀初頭には日露戦争でロシアを破ったのち、韓国を侵略・植民地化しました。清は日清戦争で日本に敗れ、衰退に拍車がかかり、辛亥革命を経て、大日本帝国や西洋列強に次々と領土を割譲され、滅びました。

 

太平洋戦争の勃発

関東大震災後、日本は軍国主義に傾き、中国に深く介入するようになり、1931年満州事変を起こし1932年に満州国を建国しました。1937年には盧溝橋事件に端を発し、日中戦争が勃発。中華民国では国民党と共産党の内戦が続いていましたが、一時中断し、統一抗日戦線を張ります。中国進出に対する経済制裁を加えたアメリカに対し宣戦布告。太平洋戦争が開始されます。日本は緒戦で勝利をおさめ、東アジアから東南アジアにいたる広い地域を支配下におさめました。日本はミッドウェー海戦での敗北以降、劣勢に立たされ、領土を次々に失っていきます。1945年に原爆が投下され、降伏しました。

 

戦後

朝鮮半島がソ連とアメリカにより南北分断され、北に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と南に大韓民国が成立しました。また中国では内戦を制した共産党が中国大陸を支配し中華人民共和国が成立、国民党は台湾に追いやられ中華民国を成立させました。

 

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